春たけなわの先週後半、散る桜のように儚いニュースが入ってきました
元横綱曙太郎と藤岡康太騎手というスポーツマンの死
天命は年齢で決まっているものではないのだろうが、50代と30代の早すぎる死
お二人の足跡をたどってみたいと思います
外国人初の横綱・曙太郎
曙太郎といっても、年配者と若い人では受け止め方が違うはず。大相撲の横綱として強さを発揮した若き頃、負け続けた格闘技時代、そしてプロレスラー……。人一倍大きな体で何をやっても真面目という印象を与えていた。
米ハワイ州オアフ島出身で、同じハワイ出身の元関脇高見山のスカウトで来日。1988年春場所初土俵。同期は錚々たる顔ぶれで、元横綱若乃花、貴乃花、元大関魁皇、元関脇和歌乃山……。【花の六三組】と言われる程のメンバー。
いくら体格に恵まれていたとはいえ、中学、高校まで相撲で活躍してから角界入りした日本人に対して未経験の曙。特に猛スピードで番付を駆け上がっていった貴乃花には後れをとってしまう。
しかし、出稽古で受けた指導と自らの努力によって貴乃花に追い付き、大関、横綱昇進では逆転した。若貴ブームの折、人気の若貴の敵役と見られる一面もあったが、誠実な人柄からか憎まれ役にはならなかったという。
後に横綱になった貴乃花、若乃花。大関に昇進した魁皇らの同級生と空前の相撲ブームを巻き起こした曙。しかし、大型力士に有りがちな膝の故障に悩まされ、2001年初場所後31歳の若さで引退。天皇賜杯に11回の名を刻んだ。
外国人初の横綱、大相撲ブームを盛り上げた功労者として当然、親方として残ると思われた曙。だが結婚の際に反対した後援会が解散し、資金難で年寄名跡を取得出来なかった。しかし、大きな体に優しい瞳の曙の記憶は永遠に残るだろう。
愛された騎手・藤岡康太
先週の記事で述べたが武豊、福永祐一など一家で関わるケースが多い競馬界。2024年4月6日阪神7レースで落馬し、10日に亡くなった藤岡康太騎手も父が藤岡健一調教師、兄に藤岡祐介騎手を持つサラブレッド。
2007年3月3日、中京競馬場で父の管理馬で初騎乗・初勝利という派手なデビュー。2年後の2009年にはジョーカプチーノでGⅠ初勝利。兄祐介以上の素質とも言われる活躍を見せた。
しかし、いい馬に乗ってなんぼと言われる競馬界。武豊や福永祐一などの花形ジョッキーと同じ関西をホームグラウンドとする身では、決して乗り馬に恵まれたとは言えない状況が続く。
そんな中でもコンスタントに勝ち星を重ね、今年3月30日に通算800勝達成。騎手として35歳と脂の乗った時期を迎え、更なる活躍が期待された時の無念の落馬死亡事故。
先週土曜日、中山競馬場のジャンプのGⅠ・中山グランドジャンプ。勝った黒岩悠騎手がゴール寸前叫んだ「康太!勝ったぞ!」の絶叫には競馬ファンの涙が止まらなかったという。
日曜日の牡馬クラシック第一弾皐月賞ではクビ差の猛追を凌いだジャスティンミラノ。追い切りを担当したのは康太。ゴール前「康太、康太と叫んでいました」と友道調教師。皐月賞を迎える度に藤岡康太の名をファンは思い出すだろう。