
ゴールデンウィーク真っ最中、それぞれの趣味で楽しんでいると思う
格闘技ファンには、注目の戦いが目白押しのウィークで楽しめたはず
今回は、その中から4月29日、有明アリーナで行われた武尊のリポ
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生誕からK1王座獲得まで
1991年鳥取県米子市に生まれた世川武尊。小学2年生時にテレビで観たK-1に憧れて空手を始める。子供が好きで将来は保育士になりたいとの夢があり、ボクシング部があって保育士の資格が取れる高校に進学。しかし、素行不良でわずか3ヶ月で退学処分を受けた。
その後、キックボクシングを始めると共に通信制高校に入学。アルバイトで金を貯めてタイに旅行し、アマチュアの大会に出場して経験を積む。2010年、高校卒業後に上京してチームドラゴンに入門。1年後の2011年9月Krushデビュー戦をKO勝利で飾った。
その後、Krush 58キロ級で王座になり3度の防衛を果たすと共に、K-1 WORLD GPに参加しスーパーバンタム級初代王座を獲得。その後はK-1に専念し、大晦日に行われるRIZINに参戦し、攻めの姿勢と不敵に笑いながら相手に向かうスタイルで知名度と人気が沸騰した。
2016年にはチームドラゴンから新チームKRESTへ移籍。11月フェザー級初代王座決定トーナメントで優勝し、初代王座になり2階級制覇を果たした。その年の大晦日のRIZINで神童那須川天心との対戦を熱望したが、団体間の調整が付かず世紀の一戦は持ち越しとなった。
K13階級制覇〜那須川戦
2018年にはK-1 WORLD GP スーパーフェザー級王座決定トーナメントに出場。決勝で小宮山工介をKOで下して、新生K-1 史上初めての3階級制覇を遂げた。新型コロナウイルス感染や団体の壁などもあり、なかなかまとまらなかった那須川天心戦が実現したのは2022年6月19日。
東京ドームに56000人を超える観客を集めてノンタイトル戦で対決。那須川天心が41戦無敗、武尊が同じく41戦し1敗と輝かしい戦績の二人。しかし、団体間のルールや体重の違いもあり、必ずしもお互いにとって公正な試合だったとは言い切れない部分もあったはず。
しかし、それを乗り越えて拳を合わせた世紀のマッチ。いつものように笑いながら前に進む武尊に対して、天心はスピードで距離を取りながら優位に進め、1ラウンド終了間際にカウンターのショートフックでダウンを奪った。ジャッジ全員が10ー8と圧倒的な差でリードした。
2ラウンド、武尊は圧力をかけて強引に左右のフックで距離を詰めていく。中盤、偶然のバッティングがあり、天心が右目を痛めて一時中断。再開後も更に武尊は前に出て距離を詰める。しかし、天心は巧みなステップとジャブで決定打を許さない。
運命の最終3ラウンド。武尊はギアをフルにして天心を倒しに行く。しかし、天心はクリンチやディフェンスの技術で武尊の猛攻を交わす。後半も武尊は笑顔を見せながらパンチを振るい、詰め寄るが天心は持ち前のスピードで逃げ切り。3ー0の判定で勝利を飾った。
K1契約解除から引退まで
この一戦を終えて那須川天心はボクシングの道を歩んでいく。一方、目標を見失い燃え尽きたように見えた武尊はK-1のベルトを返上した。更に、パニック障害や鬱病を理由に格闘家としての休養を発表。11月には期限満了となったK-1との契約も解除してしまった。
武尊が復活したのは1年後。ISKA K-1ルールの戦いで二つの王座を獲得し、更に東南アジアを中心に活動し、ムエタイとキックボクシングのルールで試合を行うONEと契約。しかし、2024年1月に行われたONE165で世界フライ級王者と対戦したが0ー3の判定負け。
9月にはONE81でタン・ジンと対戦し、2ラウンドKOでONE初勝利。しかし、翌2025年3月に行われたムエタイの破壊神と呼ばれる強敵ロッタン・ジットムアンノンとの対戦で、1ラウンドわずか80秒でロッタンの左フックでKO負け。
それでも、8ヶ月後の11月にONE173で再起戦にKO勝ち。そして次戦で現役引退すると表明。相手には屈辱の1ラウンドKO負けしたロッタンを指名。リングから下りる最後の一戦は1ラウンドの様子見の感じから、2ラウンド左フックで武尊が2回のダウンを奪って優位に進める。
3、4ラウンドはロッタンが盛り返し気味で迎えた最終5ラウンド。武尊は例によって笑みを浮かべながらの会心の右ストレートでダウンを奪い、立ち上がったロンタンにラッシュを仕掛けて見事にKO勝ち。格闘技の雄はリングを下りたが、あの微笑で殴る勇姿はファンの目に焼付けられた。
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鳥取砂丘の定番の東側ではなく、西側エリアを歩き、ラストは馬の背の幻想的な夕陽。鳥取砂丘8キロのウオーキング撮影!詳しくは写真ブログをお読みしてください⬇️⬇️

