ハラハラドキドキさせながらも最後にグッとひと伸びして、懸命に食い下がる伏兵アリストテレスを抑えてクビ差のゴール。史上初、世界でも類を見ない父子無敗三冠馬誕生の瞬間、鞍上の福永祐一騎手は派手なガッツポーズも雄叫びもなく、単勝1.1倍というプレッシャーから解き放されるのを待つように淡々とキャンターを続けていた。
戦前予想されたような快勝劇ではなかったが、これまでほとんど危ない場面がなく勝ち続けてきたコントレイルが見せた勝負強さに、更に底知れぬ精神力と限りない可能性を垣間見た気がする。これから始まる強豪古馬陣との戦いに、今回の叩き合いの末の勝利は新たな選択肢と自信を与えたような気がする。3歳世代の土俵で無敵を誇ったコントレイルは、父ディープインパクトを超える史上最強馬への道を歩み始める。
● コントレイル三冠馬への道のり
長い日本の競馬史の中でもクラシック三冠(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)は8頭だけ。
1941年 セントライト 小西喜蔵
1964年 シンザン 栗田勝
1983年 ミスターシービー 吉永正人
1984年 シンボリルドルフ 岡部幸雄
1994年 ナリタブライアン 南井克己
2005年 ディープインパクト 武豊
2011年 オルフェーヴル 池添謙一
2020年 コントレイル 福永祐一
更に、無敗で三冠を達成したのはシンボリルドルフ、ディープインパクト、そしてコントレイルの3頭だけ。
● 新馬戦
コントレイルがデビューしたのは2019年9月15日1800m新馬戦。9頭立ての断然1番人気に支持され、大外枠からスムーズにゲートを出て2、3番手をキープ。直線外から抜け出すと鞭を入れる事もなく上がり33秒5の最速で2着に2馬身半差の快勝。「センスが良く勝ちっぷりも良くて言う事はありません」と言った福永祐一だが、マイルくらいの距離適性と思っていた。
● 東京スポーツ杯2歳ステークス(GⅢ)
2戦目は東京スポーツ杯2歳ステークス(GⅢ)1800m。福永が騎乗停止処分の為に来日中のライアン・ムーアに乗り替わり。1000m58秒8の速いペースを中団から進み、ムーアが直線外から追い出すと2着に5馬身差の圧勝。従来のレコードを軽く塗り替える圧巻の走り。このレースで当初はマイル路線を歩むつもりだった陣営は、来年のクラシックを見据えて2000mのホープフルステークスへの参戦を決定。
● ホープフルステークス(GⅠ)
初めてのGⅠとなったホープフルステークス2000m。再び福永が鞍上に復帰し重賞ウイナーが複数参戦する中やはり一番人気。好スタートから少し下げて13頭立ての4番手という絶好の位置を確保。3、4コーナーからマクリ気味に上がって直線入り口では早くも先頭に並び掛ける積極策。軽く追い出すとアッサリ交わして最後は持ったままの快勝。「現状は言う事無しです。来年のクラシックに向けてワカワクする」と福永。
● 皐月賞(GⅠ)
前年最優秀2歳牡馬に選出されたコントレイル陣営は皐月賞直行を選択。クラシック緒戦はライバルと目されるサリオスをはじめ、無敗の重賞ウイナー4頭というハイレベルな争いに。初めての18頭という多頭数の1番枠からスタートしたコントレイル。まずまずのスタートだったが稍重の内側の荒れた馬場で閉じ込められた形のコントレイルは後方からの競馬。3、4コーナーで外に持ち出すと父を彷彿させる脚で一気にマクる。直線でサリオスの外に並ぶと半馬身抜け出して、クラシック緒戦を突破。
● 東京優駿(日本ダービー)(GⅠ)
何と言ってもダービーこそが最高の勲章。同世代のあらゆる馬がこれを目指してデビューすると言っても過言ではない。皐月賞で唯一抵抗したサリオスを含め17頭を迎え撃つコントレイル。5番枠から絶好のスタートを決め3番手の内というポジション。3、4コーナーでは6、7番手にいたが、直線に入って外に進路を確保するとゴール前300m地点で先頭に立つ。まるで、ライバルサリオスを待つように200m手前で突き放し、3馬身のリードで父ディープインパクトの後を追うように無敗のダービー馬に君臨した。
● 神戸新聞杯(GⅡ)
父ディープインパクトに続く三冠馬を目指すコントレイル陣営が選んだのは18頭立ての神戸新聞杯。2番枠だったがダービーのように先行しないで道中は7、8番手の内で控える。4コーナー手前で馬群の中に入れて直線に入ってすぐに間から抜け出すと、後は独走。最後にヴェルトライゼンデが2馬身差まで追い上げてきたが、菊花賞に向けて消耗を避けたい福永は手綱を持ったままで余裕綽々のゴール。
● 菊花賞(GⅠ)
ついに偉大な父ディープインパクトに肩を並べる無敗三冠馬へのチャレンジを迎えるコントレイル。唯一のライバルとも言えるサリオスは中距離路線に向かって、鎬を削る相手もいない一強とみなされた菊花賞。ここまで父同様にすべて1番人気に支持されてきたコントレイルは前走同様に単勝1.1倍。18頭立ての3番枠から好スタートを切るが、荒れた内の馬場を嫌って殆どの馬が外目を回る。コントレイルは7、8番手の内。それをマークするように1周目からルメール騎乗のアリストテレスが外にぴったり付ける。3コーナーから外目に持ち出して直線は馬群の間から抜け出す。しかし、終始マークしていたアリストテレスが300m手前から並び、2頭の壮絶な叩き合い。外のアリストテレスの脚色が優勢かと思われたが、コントレイルは一度も先頭を譲らずクビ差でゴール。シンボリルドルフ、ディープインパクトに続く無敗三冠を達成した。
● コントレイル史上最強馬への道
シンボリルドルフ、ディープインパクトに次いで史上3頭目の無敗三冠を達成したコントレイル。その次走が注目されている。じつは、シンボリルドルフは8戦8勝で菊花賞を制した後、わずか中1週で挑戦した初めての古馬との対戦になったジャパンカップで4番人気3着に終わっている。しかし、その一ヶ月後の有馬記念では見事に雪辱を果たした。その後、翌年の天皇賞(秋)で2着に負け、更に次の年アメリカに遠征したサンルイレイステークス(GⅠ)で6着。16戦13勝2着1回3着1回着外1回の成績で7冠馬として、今でも語り継がれている。
一方のディープインパクトはコントレイルと同じく7戦7勝で三冠馬になった。2ヶ月後の有馬記念で古馬と初対戦。シンボリルドルフと違って菊花賞から2ヶ月の間隔があって、ゆったりしたレース間隔も買われたのか1番人気に支持された。しかし、ルメール騎乗の4番人気ハーツクライが先行から抜け出し、上がり最速で追い掛けたディープインパクトは半馬身及ばず2着と初めての敗戦。しかし、その後もディープインパクトは国内無敗。日本馬初の凱旋門賞制覇に挑んだが3位入線後失格となった。結局、14戦12勝2着1回着外1回でシンボリルドルフと同じ7冠を獲得した。
コントレイル陣営は当初、菊花賞の後ジャパンカップを予定していた。しかし、菊花賞は思わぬ伏兵との叩き合いになり厳しいレースを強いられた事もあり、馬の状態を見極めてから次走を決めると発表された。コントレイルは神戸新聞杯から中3週で菊花賞に出走。更に3000mの後の中4週でのジャパンカップは日程がタイトになり、有馬記念かあるいは年内休養も示唆されている。個人的には有馬記念で古馬を撃破してもらいたいが、コントレイルの体調を最優先にしてもらいたいと思っている。無敗進撃がどこまで続くのか見たいし、日本馬初の凱旋門賞制覇、更には父の7冠を超える国内の記録にも挑戦して『史上最強馬』を目指して欲しい。